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教員からのメッセージ


古江 頼隆 教授
“エキサイティング”刑事訴訟法
 諸君は,「刑事訴訟法」という学問に対して,どのようなイメージを持っておられるでしょうか。民法や刑法などの実体法の学問とは違って,研究テーマが訴訟手続であることから,なじみが薄く,取っ付きにくいとか,関心を持てないと思っておられる方も少なくないかもしれません。私自身も,学生時代は,まさにそうでした。
 しかし,法科大学院における刑事訴訟法学の修行は,ソクラティック・メソッドにより,教員との間の双方向の,他の学生との間の多方向の討議を通じて,手続の深奥にある「正義」を探求する旅であり,その内容も手法も,実に“エキサイティング”です。女神テミスが片方の手に持つ天秤が「正義」を象徴するものであることからも窺われるように,「正義」とはバランスです。刑事実務上生起するさまざまな問題について,特定の利益に偏することなく,真っ当な法解釈を行ったうえで,当てはめを行うプロセスの中で,関連する判例について精緻な分析と批判を行うことは,退屈などころか,むしろ知的愉悦ですらあります。
 学生諸君に期待することは,刑事訴訟法の教科書レベルの理解で満足しないで欲しいということです。教科書は,紙数の制約もあって,いわば“刑事訴訟法学の杜の入口に立つガイド・ポスト”にすぎません。学生諸君は,「なぜ」「なぜ」「なぜ」と,「なぜ」が尽きるまで自問自答することにより,物事の根源まで突き詰めて考える知的な訓練を積んで欲しいのです。ニュートンが地上に落ちる林檎の実を見て「なぜ」という疑問を抱かなければ,今日の物理学は存在しませんでした。法律学もまた「科学」です。諸君は,「なぜ」を解明する過程で,秀逸な論文を読む欲求に駆られることになるでしょう。このような知的訓練を積み重ねることにより,教科書レベルのそれとは比すべくもないほど深い理解が得られ,新司法試験に求められる論理的思考力,分析力,表現力などが涵養されることとなるでしょう。
 教員を案内人として,“刑事訴訟法学の杜”に深く分け入ろうではありませんか。
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